ホテルマンの駆込み寺「まんぷく寺」  

第十部 ゲストハウスの中に僕がいた 2006年-

2007年5月1日更新 

開業物語 仙台編 その3

  

 2003年8月 まんぷく寺写真部撮影 

仙台の開業準備室で5月と6月を過ごして、来館も決定も私の成績で言うと過去最低。

赴任前にとあるレポートを読んだが、仙台の婚礼マーケットは年間15,000組と書いていた。そのマーケットに対する手ごたえが無い。

いったい結婚を考えるカップルはどこにいるのだろうか。

「仙台で若い人が待ち合わせるのはここです」と教えられてしばらく、その場所に通い動向を調査する。しかし、カップルの動きがよく分からない。

開業準備室でのイベントでマイクを持つ管理人

東京から一流のメークを呼んでイベントを実施した。カップルは多く来たがほとんどが冷かしであった。

考えられる事は全て実施したが決定の数が積みあがらない。

何かをしないと自分で気がすまない私は、東京からオープンカーを持ってきた。新郎新婦を乗せて仙台の街中をパレードするという行動に出た。

8月の暑い日に3週間ものあいだ土日に仙台市街地パレードを実施。私は運転手のコスチュームで帽子をかぶり厚い上着を着ての運転である。

当時の新入社員の皆様に協力をいただいて、新郎新婦のコスチュームに身を包み、後ろの座席から手を振り続けた。仙台駅前、商店街の横切り何十回、人の集まるショッピングセンターなど一日中走り回った。

人の良い仙台市民の皆様は「おめでとー」「しあわせにね」「青葉城恋歌」など励ましの言葉をいただいた。宣伝カーと知られると、こちらが「よろしくお願いします」と頭を下げて許してもらった。

 

本当に熱い3週間で、運転を終えた私のネクタイを絞ると汗がボトボト落ちるほど熱かった。

ここまでしても、たった1組の決定で終わった。

どう考えてもおかしいと、仙台マーケットをもう一度調べなおした。なんと、7,500組しかないことに気づいた。

ここで捨て身の最終手段をとった。(仙台のカップルの多くが一緒に住んでいた)

そして、たった2ヶ月で奇跡的な数字の積み上げに成功した。

その4(最終回)につづく

 

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