ホテルマンの駆込み寺「まんぷく寺」

第一部 ホテルレストランビジネス 1982年〜1990年

第二章 オリジナルマーケティング戦略

客づくり 苦情処理

2001/7/10更新

「ミンボーの女」そのまま事件

大阪ミナミは組事務所が多い場所としても有名である。私のレストランには最高幹部クラスの方々が多く利用になった。一見、普通のお客様と見分けがつかない。私も何度も来られているのに気づかないことが多くあった。

そんな時に、いつもご利用ゲストのサラダから生きている子虫が出てきた。私はすぐに事務所に逃げた。何と、たった1分で第1責任者から電話が入った。「ダメです、お手上げです」と。

レストランに駆けつけるとすでに表に出ていた。(苦情などで特別な交渉事がある場合、表に出るがその道のマニュアル)そこで料理長が謝罪している。いつもは「虫が生きてるくらい新鮮や」と言っているのに、すでに顔が青ざめている。

この場合は、当方に落ち度があるので相手の話を伺うに限る。「話を聞いてきました。私が責任者でございます」(名刺出さない)「お前しかおらんのか」「只今の時間は私がホテルの責任者でございます」「そうか、どないしてくれるんや」(この言い方はプロ)

何とか許して欲しい気持ちもあったが、この言葉がでたら時間の無駄である。「明日、上司に報告してご連絡させていただきます」と言ったら名刺を出され帰られた。

○○総合企画株式会社、専務取締役。次の日、3万円の商品券を胸にしまいその事務所を訪れた。事務所の扉は鉄格子である。ノックする音も「ゴーンゴーン」であった。

「はいらんか〜」と怒鳴る声が聞こえた。中には6名いたが明らかに組事務所である。革張りのソファに座らされて、周りを観察した。少年サンデーを読んでる人は机に足を置いている。その机の脚には「極道一筋」のシールが貼ってある。

何か交渉ごとを始める舞台があり、その為の教育と役割分担は完璧である。まくし立て役の若い人が大声で「お前な〜、専務に虫食わせたんやて、どないしてくれるんや〜」「大変申し訳ございません」「申し訳ございませんだけではあかんがな〜」「大変申し訳ございません」(普通の方はこの雰囲気から逃れたい為に何らかの答えを出す)

「お前、え〜根性しとるやんけ」「大変申し訳ございません」「お前じゃ話にならん、今ここで会社の社長に電話せんかい」(必ず最高責任者の答えを要求する。死んでも絶対してはいけない)「それだけはできません」

それから同じことの繰り返し。早くて30分、長いときは5時間。相手の次の約束まで延々と続く。ひたすら我慢する以外方法はない。相手が「こいつに何を言ってもダメだ」と思うまで続ける。

彼らは金にならないと判断すれば人が変わる。(演技終了)「ま〜ええわ、許したるわ」やりました。「はい、どうもありがとうございました。これ少ないですが商品券です。又お待ちしております」と言って足早に退散する。これは私の得意技、哀れみの作戦である。

勿論、この専務は顧客になった。

組関係者の苦情に関してはホテル内で解決することが望ましい。事務所に行くのはよほど場慣れしていないと先方の思うつぼにはまる。決して手はださない。決して具体的な要求はしない。教育訓練を受けた役者の演技と思えばいい。

本当にやばいと思ったら「警察の○○さんに相談する」とはっきり言えばいい。

伊丹十三監督の映画「ミンボーの女」を笑って見た方に申し上げるが、あの映画の出来事のほとんどを実際に経験した。(見てない人は今すぐビデオレンタル)実弾の入った拳銃を前に置かれて「ここで死ね」と言われたこともございます。

写真週刊誌にでる大物幹部もレストラン顧客リストに載っている。売上げ貢献度も大物である。1番嬉しいことは、普段はほんとうにおとなしい皆様である。

顧客獲得大作戦 完

この原稿は1994年のものです。少々時代錯誤の部分があることをご理解ください

2006年再読