ホテルマンの駆込み寺「まんぷく寺」
第十部 ゲストハウスの中に僕がいた 2006年-
開業物語 仙台編 その1
2003年3月 仙台市八木山、大型ゲストハウス建設予定地 まんぷく寺写真部撮影 2003年の4月に大阪の大型ゲストハウスが開業する。その開業の1ヶ月前に突然辞令がでた。 「仙台事業所の開業準備室長兼務を命ずる」 新規開業の準備室で私がかかわらない唯一の事業所であった仙台。(当時)この時期に何故私が指名されたのであろうか。 問題は明らかで、開業準備室がオープンして2ヶ月が経過しているのだが、成約がまったく無かったことであろう。 私が大阪から仙台に初めて飛び立ったのは2003年3月18日である。地鎮祭への参加と開業準備室の挨拶だけでのとんぼ返り。 その後も仙台には行けずに電話やメールでの参加という申し訳ない状況が続いた。 大阪の開業はそれほど甘くはない。開業経験者は私を含め2名しかいない中での開業は、相当大変な作業であった。大阪開業後1カ月間はまったく動くこともできなかった。 2003年5月20日になってようやく本格的に仙台に入った。開業まで4カ月強になっていた。 それまでの仙台開業準備室は、集客で言うと横浜実績の22.9%、大阪実績の21.0%とかなりの苦戦。成約いたっては、横浜実績の11.8%、大阪実績の13.6%とほぼ10分の1という厳しい状況であった。 私は開業までの4ヶ月という短期決戦で、自分で考えられるあらゆる手を打ちまくった。 結果、1組のカップルを呼ぶのにノートパソコン1台分の費用をかけ、1組の決定のために軽自動車の新車1台分の費用を使った。 そして、開業までの成約に関して横浜実績の32.3%、大阪実績36.2%という結果に終わったのである。 これまで開業準備室内、新規の決定率競争で負け知らずの私が、仙台では完全に負けたのである。 新規の集客のために何をしたのか、新規決定率で何故負けたのか。 その2につづく
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