ホテルマンの駆込み寺「まんぷく寺」  

第十四部 侵入取材 銀座のレストラン残酷物語 2015年

 

 潜入取材 銀座のレストラン残酷物語 その2 2015/6/22

 

この話は事実を元に書かれています。

実際にその会社に就職して体験した事実を報告します。

二度と私のような犠牲者を出してはいけないという思いです。

この会社の支配人(店長職)は、何十人も1か月以内に退職している。

その理由が「うつ病になって」である。

 

いまどき、こんな会社があったのか!!

 

 

 

この会社の繁栄した理由を探る

 

昭和50年(1970年)ごろから飲食店の経営で始めた会社。

このころの日本は高度成長期として景気が良かった。

カリスマ経営者の社長(当時)の指導の下、

イケイケどんどんで業績を上げ、多くの店舗を展開した。(17店舗)

その要因が、団体客への対応であった。

日本人が団体で宴会を始めた時期だ。

この会社の大きな躍進の要因は、宴会への対応であった。

(写真はイメージです)

 

おそらく、バブルが崩壊した平成3年(1991年)ごろから

業績が徐々に悪くなったと思われる。

17店舗あった店を徐々にクローズしている。

そのころに、銀座に100坪の土地を購入して、

自社ビルを建てた模様。

100億円の投資と聞いた。

 

このカリスマ経営者は、宗教的な考えを中心に経営をして来た。

(写真はイメージです)

 

このカリスマ経営者の力で銀座に自社ビルを建てた。

創業から社長をささえてきた役員の皆様は、約50年間も使えている。

 

平成13年ごろ、カリスマ社長は息子に社長を譲ったことになっている。

 

私が入るときの会社の経営陣は、

カリスマ社長は会長へ。

副社長の息子が社長へ。

会長の娘婿が専務。

40年以上も会社に仕えてきた役員は4名。

役員4名の平均年齢は68歳である。

 

この会社の経営陣はこのようなみなさんである。

 

 

2015年5月1日午前9時半に銀座の本社に出勤と命令が下った。

セキュリティがかかっているので携帯電話で総務を呼ぶように。

 

 

私は指定された時間に本社前から電話を入れたが誰も出なかった。

 

仕方がないので店の前を掃除する初老の紳士に声をかけた。

この方が、常務取締役とも知らずに。

 

 

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